Soup Friends

Soup Friends Vol. 79/ 中川正子さん

変化する私
仕事のこと、生き方のこと。今年の「私」にはどんな変化が待っているのだろう。
活動の拠点を東京から岡山へ移した写真家・中川正子さんから教えていただいたのは、
新しい環境に飛び込む「私」を優しく押してくれる言葉。

──中川さんはずっと東京で活動をされていましたが、2011年から岡山に拠点を移されています。岡山に移住されたのはどんな経緯があったのでしょうか。

きっかけは東日本大震災と夫の仕事です。家族でそれぞれのタイミングで東京と岡山と半々という2拠点生活を約6年続けていました。完全に拠点を岡山に移したのは息子が小学校に入学したタイミングで、2017年の4月からです。

──東京と岡山、2拠点を行き来する中で何か変化はありましたか?

変わったのは家族の過ごし方ですね。以前は家族の団らんといえば、私と息子が千葉の私の実家で過ごすことでした。夫と3人で居られるのは週末だけだったので、当時は「一生懸命『家族』をやらなきゃ」と気負っていたように思います。家族でいる日が「ハレの日」だったんです。この4月からは3人の生活が再び始まって、ようやくハレの日が日常になりました。料理も程よく肩の力を抜くようになりました。手抜きになっても本質的に大事にしていることは守る。それが家庭の料理だと思います。実はこの取材のためにも、夫と息子のためにシチューをたくさん作ってきました(笑)。汁物は好きな具材を何でも入れられるし、一つで立派なメインにもなる。便利で優しい食べ物ですよね。

──写真家として、仕事の向き合い方に変化はありましたか?

20年間ずっと東京で仕事を続けてきたので、移住を決めた時は反対する声もありましたが、自分の決断を信じて周囲の意見は気にしませんでした。実際、環境を変えて仕事量は適度に減り、「あなたとじゃなきゃ」という依頼を受けることが格段に増えてきた。地方の魅力的な方々とのご縁も増えました。それがとても嬉しくて、全力で駆け抜けた6年間でしたね。今は東京にいた時のがむしゃらな働き方はやりきり、仕事の軸足を次のステップに置き始めていると思っています。

──新しい環境に飛び込む時、自分をどのように合わせていけばいいのでしょうか。

持続可能な仕事を続けるのも楽しいですが、外からのプレッシャーを受けることで人は成長できるのだと思います。私の場合、避けられない困難に直面した時は「しょうがない」ではなく「チャンス」と考えるようにしています。捉え方次第でマイナスもプラスに変えられる。

──中川さんのようにしなやかに生きていく方法を教えていただけますか?

「これがしたい」とか「こうありたい」とか、自分が自分自身に発する「サイン」を感じたら、見過ごさないでいられたらと思います。何かに追われて焦っていると、目の前にキラキラ輝く大切なものに気がつけない。岡山に移って、毎朝洗濯しながら家から見える山を見ていつも感動しているんですが、ある日ふと、「私、いま写真集をつくる時だ」とひらめいたんです。そのまま出版レーベルの人に電話して「写真集を出すことを決めた」って宣言して。まだどんな写真集にするかも決まってないのに(笑)。けれど、そこから無駄な焦りが一切消えたんです。天井が高くて光がワーッと入るギャラリーで展示をする白昼夢が見えた。そうしたらある時、友人から「いい場所があるから展覧会しない?」と誘われて、紹介してくれた空間がまさにイメージしていた場所だったんです。一つでもいいから、自分がやりたいことを信じて行動に移す。そうしたら必ず次に開ける世界があると思っています。

──2018年にご自身が取り組みたいことは何でしょうか?

「文章を書くこと」が気になっています。最近は、インスタグラムで写真を切り取って文章を書くことも増えて、そういった文章のお仕事も増えてきました。今までは写真を使って世の中に対して言いたいことを表現してきたけれど、新しいアプローチでの表現にワクワクしています。文章が上手くなりたいというより、表現の純粋さを保つための訓練のような気持ちで、チャレンジしていけたらと思っています。

中川正子(なかがわ まさこ)

1973年横浜生まれ。1995年、津田塾大学英文学科在学中にカリフォルニアに留学。写真と出会う。自然な表情をとらえたポートレート、光る日々のスライス、美しいランドスケープを得意とする。写真展を定期的に行い、雑誌、広告 、アーティスト写真、書籍など多ジャンルで活動中。2011年3月に岡山に拠点を移す。現在、岡山から全国各地や海外へと移動する日々。主な写真集に「新世界」「IMMIGRANTS」など。2017年4月最新写真集「ダレオド」(Pilgrim刊)を発表。

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