Soup Friends

Soup Friends Vol.49 / 安藤 裕子 さん

シンガーソングライターとして、心と記憶に語りかけるような曲を世に送り出す安藤裕子さん。デビュー後、初めて本格的に女優として参加することとなった映画「ぶどうのなみだ」では、北海道・空知(そらち)を舞台に、ワイナリーを営む兄と小麦を育てる弟のもとに突如として現れる自由奔放な旅人「エリカ」を演じています。10月11日の公開に先駆けて、安藤さんご自身の食にまつわること、音楽活動のことなどを伺いました。

──Soup Stock Tokyo(以下、SST)をご利用いただいたことはありますか?

レコーディングやリハーサルでスタジオに昼食を買っていく時などに、SSTを利用します。自分の身体を気づかっている気持ちになれるので有り難いです。

──スープ(汁物)にまつわる思い出があれば、ぜひ教えてください。

小さい頃から身体が弱くて、一度、ひどい腸炎になったことがありました。何も食べられず体力も落ちてしまい、点滴で凌いでいた時に、母が作ってくれた根菜をコトコト煮込んだスープだけは口にすることができて、とてもおいしかったのを憶えています。体調を慮ってだしも入れず、塩気もないスープだったのですが、野菜の甘みと旨みが身体の内側から命の源を届けてくれるようで、生き返りました。また、風邪をひくと祖母が作ってくれた、お揚げ入りの京だしうどんも大好物です。実にやさしい味わいで、弱っている身体がじんわりと癒されていくのがわかります。あの味を自分で再現しようと思っても、なかなかできないんです。こうして振り返ってみても、スープは命をつなぐ食べものだと思います。

──普段、お料理はなさいますか?

料理をすることは好きです。スープが身体に染み渡る感覚が好きで、ポタージュをよく作ります。じゃがいもと玉ねぎをベースに、ほうれん草や豆類を入れたり、疲れている時は辛いものが食べたくなるので、酸辣湯(サンラータン)なんかもよく作ります。気がつくと刺激が強い味の料理を作ってしまうことが多く、祖母や母が作ってくれる汁物のようなやさしい味わいにはならないんですよね(笑)。

──食にまつわることで大切になさっていることがあれば教えてください。

健康でいたいという憧れはありますけど、日々の予定に追われてなかなか思うような食事ができないこともあります。そんな中でも、1回1回の食事は大切にしています。お腹が満たされればいいという感覚はなく、自分がおいしいと納得できるものを食べたいのです。特に子どもを産んでからは、自分の時間がほとんどないので、1日の中で食べものは自分へのご褒美です。時間がないからという理由で食べものをないがしろにするくらいなら、きちんと作られたものを選んで食べるほうが「心の健康」にはいいと思っています。

──作品の中でワインと料理がとてもおいしそうに描かれていますが、撮影中は実際に飲んだり食べたりなさいましたか?

はい、飲んで食べましたよ。私が演じた「エリカ」との共通項を探すとしたら、「ガニ股」「食べることが好き」というところでしょうか。彼女が旅先で出会うその土地の食材を自分の手で調理して、身体に閉じ込めていく行動にはとても共感できますし、飲むのも食べるのもワクワクしながら取り組みました。

──雨、涙、ワインがいずれも一滴のしずくとして描かれ、「水の循環」が表現されていました。安藤さんの中で最も印象に残っているシーンをひとつ教えてください。

水脈を辿るように穴を掘るシーンです。赤ちゃんのように丸まって土の中にいると、水の循環を担うさらに大きな存在である「地球」という母体に包まれたような感覚になりました。撮影中なのに、本当に眠ってしまいそうになるほど気持ちよかったです。身体の水分と土の中の水分が溶け合って同化していくようで、改めて土の中は浄化されているのだと知る機会でもありました。

──本作に参加することになった経緯を教えてください。

映画「ぶどうのなみだ」へのお誘いをいただいたのは、3.11の震災の影響で、生と死について考えていた直後でした。子どもの頃から映画が好きで、とりわけ市川昆監督や大林宣彦監督の映画作品を好んでよく観ていました。元来、私の頭の中は常に妄想でいっぱいで、映画は自分が思い描くイメージを映像にできるような気がして、とても憧れがありました。しかし、この頃はまだ映画を職業として考えたことはなく、映画に携わりたいと思い始めたのは高校生の頃でした。大学では文章を書く授業を専攻したので、小説や脚本を書いては制作会社に送ったり、ご縁があってエキストラとして映画に参加させていただいたこともありましたが、職業として関わることは難しいだろうとわかっていました。そんな折に、ある方に私の歌を褒めていただいたことをきっかけに音楽を仕事にすることになり、いまに至ります。そんな折に3.11の震災が起き、私が育ての親のように慕っていたおばあちゃまを亡くしました。ちょうどその時に私自身が子どもを宿していたこともあって、生まれてくる命と引き換えに命が消える感覚がリアリティをもって感じられて、死ぬまでに何がやりたいのかを真剣に考えていた時でした。書き残していた小説は書きあげたいと思ったし、小さい頃から好きだった映画も撮ってみたいし、演じてみたい役柄もあると思った時に、本作にお誘いをいただいたので、直感的にやりたい!と思ってお引き受けしたのです。

──演じることと歌うことに共通することはありますか?それともまったく別のものですか?

まったく別のものだと思います。映画も音楽もみんなで作りあげるものですが、たとえば音楽の場合、ライブで私がステージに立っていると、メンバーは私の後ろにいて、目の前には崖のようにステージの終わりがあります。その向こうにいるお客さんは味方なのにも関わらず、いまでも人前に立つことが苦手で、メンバーが演奏という形で差し伸べてくれる手を掴み損ねるようなことがあったらどうしようという緊張感が、常にあるのです。一方で、映画の現場は、監督だけはある意味で特別かもしれませんが、それ以外のスタッフは全員が横並びで、役者だから特別という感覚はなく、作品の主体が分担されているような気がします。音声、照明、撮影、美術、衣装、メイクと、各職人がプライドと美意識をもって臨んでいて、とても居心地がよかったです。

──シンガーソングライターとしての表現の源となる安藤さんの原動力はなんでしょうか?

自己証明だと思います。日々を生きていると自分のことがわからなくなってしまうこともありますから、まずは自分が自分自身を見つけてあげる必要があって、音楽活動はそのプロセスのようなものだと思います。音楽をやっていてよかったことがあるとしたら、誤解を恐れずに言うと、私自身が音楽そのものに興味がないことだと思います。仕事にしている以上、誰かに評価されるわけですが、予備知識がない分、好き嫌いだけで判断できるし、ものづくりに対してニュートラルに取り組むことができると思います。もし、私が技術的に音楽に精通していたら、そうもいかなかったでしょう。たとえば曲をつくる時も、お風呂に浸かっているとどこかに浮かんでいた感覚とか感情が、言葉ものせてAメロとしてぽろんと湧いてきます。文章を書く作業も、書き始めた時には終わりまで一語一句決まっているわけではないけれど、1行目から書いていくと次の言葉が浮かんでくるように、曲づくりも同じで、浮かんできたメロディの次に生まれてくる音と言葉を引っ張り出すような作業なのです。

──感性を研ぎすませておくためのアドバイスがあったら教えてください。

私の場合、感覚をオンにする努力よりもオフにすることを意識的に心がけているかもしれません。社会と関わっていると、常に頭が回りっぱなしで、「社会に属するための自分」であることに終始してしまって、ふと、本当の私ってどんな顔してたっけ?と思ったり、自分自身が見えなくなってしまうことがありますよね。一日の終わりを見つけることが大変なことも多いので、1日ごとにきちんとリセットできるといいと思います。スウィッチをオフにすることが、本当の自分を見つけてあげることにつながるし、本当の自分に立ち返ることができれば素直に好き嫌いを感じられるようになると思うのです。だから、スウィッチをオフにすることが一番大切なのではないでしょうか。

安藤 裕子(あんどう ゆうこ)

映画「ぶどうのなみだ」より
1977年生まれ。神奈川県出身。2003年シンガーソングライターとしてメジャーデビュー。2005年、月桂冠のTVCMソングに「のうぜんかつら(リプライズ)」が起用され一躍話題に。2010年にリリースした5thアルバム「JAPANESE POP」が、ミュージックマガジン年間ベストアルバムJ-POP部門1位を受賞。2014年3月には初のアコースティック・ミニアルバム「Acoustic Tempo Magic」を発表した。自身の作品では全てのアートワーク、メイク&スタイリングをこなし、ミュージックビデオの監督も手がけるなど、音楽だけに留まらない多才さも注目を集めている。ミュージシャンとしてデビュー後は、本作が本格的な演技初挑戦となる。

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