Soup Friends

Soup Friends Vol.44 / 長嶋りかこ さん

今注目のアートディレクター(AD)である彼女は、大貫卓也、野田凪、佐野研二郎など数々のトップADが時代を表現してきたラフォーレ原宿の年間広告を、2009年から担当。11年過ごした広告代理店・博報堂から今年4月に独立し、いよいよ個人の活動が開始された彼女。作品には独特の世界が現れ、見る人を魅了します。その魅力とは何なのか、お話を伺いながら本質に迫っていきたいと思います。

──スープを召し上がることはありますか?

やはり、あたたかいもの、食べたくなりますね。なるたけ温かいものを食べたいんです。特に急いでいるときですね、お腹が空いて、でも時間ない!とか、そんなときにSoup Stock Tokyoに立ち寄って、スープを食べます。料理は、自宅で過ごす時間が短いので、日曜日にドカッと作って3〜4日朝食として食べ続けることが多いです(笑)。あとは旦那さんが料理上手なので、たまに残り物でさっと、名前のない料理を作ってくれます。

──スープの思い出はありますか?

母のスープ、といえば味噌汁ですね。家の周りで穫れた野菜をたくさん使って作るので私にとって味噌汁は具沢山があたり前なんですが、小さい頃に友達の家で食べた味噌汁が具が少なくすっごく上品で。これが世に言う汁物なのか!と思ってショックでした(笑)。その後「食べるスープ」という言葉が出て、良かった一般的なものとしてやっと言語化されたと、ほっとしました。

──ご実家の茨城は、どんなところなんですか?

実家では食材のほとんど、野菜も米も味噌も、昔はたばこの葉やお茶の葉まで、あらゆるものを作る自給自足の生活をしていました。周りは山や田んぼに囲まれていて、言うなれば日本の秘境の地です(笑)。高校を卒業するまでそれがあたりまえの環境だったので、むしろコンビ二のお弁当に憧れていたくらい。炭酸ジュースも、カップラーメンもまったく食べたことのない子供時代を過ごしていたんです。自然の恩恵をダイレクトに受ける環境だったので、母は普段の会話でも地球環境のことを話していました。どうやったらゴミを出さずに過ごせるか、どうやったらこの洋服を長く着れるか?なんて。子どもの自分にとっては“新しいもの”が欲しい!と言い出しづらい環境ではありましたね(笑)。

──ご実家のそういった生活の影響がいまの創作活動に現れていますか?

ありますね。あの頃の価値観が徐々に大きくなってきているのを感じます。例えば去年立ち上げた洋服のブランド「Human_Nature」は人が都市や田舎のどちらに生きていても、自然を身近に感じられるような何かを作りたくて始めたものです。季節を通じて形を変えながら一枚で何通りにも着続けることのできる洋服です。「Human_Nature」は服だけでなく、自然と都市の間をつなぐものやコトを作り発表していきたいと思っています。都市の生活って、混沌としたものと整理整頓されたものの間にはっきりと線を引き過ぎていると常々思うのです。だから都市はより都市化していくし、田舎はより過疎化していく。でも人間てもともと動物だから、都市のシステマチックな整理の中で実は疲弊してしまってる部分があると思うのです。だからもっと自分が自然の一部だと感じられるようなものを生み出したいなと思っています。

──いま都市と自然の中間にいる為に長嶋さんが試みることはありますか?

シンプルですが自然の中で過ごす感覚を忘れないようにします。時間があれば田舎に赴きます。昔は、匂いや風の感じで季節の変わり目に気がつけたのに、東京に来てからは忙しさと、他の刺激で満たされてしまって、とても分かりやすい自然からのサインすらキャッチできなくなってしまったんです。5年前ぐらいかな、忙しい時に実家に帰ったとき、とても気持がよく生き返るような感覚になり、そこで自分の感性の中に自然が足りていないことに気がついたんです。感覚も含めた身体能力が落ちていると、危機感を持ちましたね。

──混沌と整理、自然と都市、テーマはこれからも続きますか?

ずっと自分の中のテーマになると思います。それが服のような間接的な表現のカタチになることもあれば、もっとダイレクトに自然のなかに行ってみんなでできることはないのか考えたりしていますね。実家の周りの田畑も放っておくと作物が育たない痩せた土地になってしまいますし、せっかくなので活用したいです。あの場所で生まれた事実と、あの場所で培ってきた感覚を活かして、自分にしかできないことをしたいと思っています。

──自分の表現とクライアントの要望はどう折り合いをつけていたのですか?

広告代理店時代は、まったく自分の価値観や物差しとは違うお仕事も沢山やりましたし、もちろん、それらによって沢山勉強することもありました。広告の仕事って「いかにポジティブになるか」なんです。その商品のいいところを見つけるのが仕事です。たとえ共感できない商品だったとしても、共感できるポイントを見つけて引き出し立たせてあげなければならない。でも、時にがっかりすることもありました。いくら外側のデザインを精一杯作り上げたとしてもクライアントさん側が作る中身に対して「こんなもんだろう」という姿勢ではいくら側だけ作っても消費者に本当にいいものは届けられない。ブランドの規模が大きければ大きいほど「本当に良いものだから使って欲しい」という根本的な気持ちが大切なんじゃないかなと思います。消費社会の中で、自分のできる事はなんだろうと疑問を持つきっかけになりました。

──女性として、企業で仕事をすることは難しいですか?

広告業界がやっぱり男社会なので、女性はまだまだ少ないと思うんです。わたしはけっこう能動的に動いて仕事をしていたので、野放し状態で自由にやらせてもらっていた気がします。「女性だから」といって尊重されていたラッキーな部分もありますが、とはいえそこをシビアに見ているもう一人の自分もいましたね。自由にやってる割にまだまだこんなもんなのかお前はっていう。そんな自分を、よく言えば自由、でも悪く言えば無責任だといつしか思うようになり、もっと自分の責任で、本当の意味での真価が問われる環境に身を置きたいと思うようになったんです。大きな会社の名前で仕事をもらうというより、自分自身に頼んでくれる仕事で、挑んでみたいなと思いました。

──自分の会社を立ち上げた想いを聞かせてください。

なかなか自分が思っていることを、一人で叫んでいても世の中そう簡単に変わらないと思うんです。だから同じように考えている人たちで一緒に作り上げていくプロジェクトをたくさんやりたいなと思うんです。私も同じようなことを思ってた!って人と出会って、合わさって力になっていく。そういう願いをこめて会社の名前を「village®」(村)にしました。私が生まれ育った家も村だし、その原風景や原体験を忘れないもの作りをしていきたいなと思っています。これだけ経済発展した世の中で自分が何を生み何を後世に遺していくべきなのか、考えていきたいと思います。

──外に飛び出してみて思うことは何でしょう?

すごくシンプルですよね。当たり前だけどやりたいことがあれば自己責任でどんどん出来ちゃう。今までのような会社という外側の箱がないので、良いものを作ったら反応がダイレクトに来る感じがあるし、逆にイマイチなものを作ればそれも同じくダイレクトな反応が来る。やりがいがあります。

──長嶋さんの原動力はなんでしょうか?

こんなのいいと思うんだけど、どうかな?という自分の発見や気づきを知ってほしいという思いですかね。共感してもらったり、面白がってもらいたい。もう一つは、私は幼い頃からお兄ちゃん、お姉ちゃんにいつもいじめられてきたから(笑)、根っからの負けず嫌いの気持ちかな。私が尊敬する建築家がいるんですが、彼からはたいてい苦言を呈されるんです。それがイラっとする(笑)。でも彼の提案や作品はとても本質的なんです。住む場所ですからね、広告が外側だとしたら空間という内側に及ぶデザインは生活に密接に結びついています。クライアントさんの要望をどうデザインで翻訳していくか、その思考のプロセスや進め方を横でみているととても勉強になります。私もそういう本質的な仕事をしていきたいな、と思っています。

長嶋りかこ(ながしまりかこ)

アートディレクター、グラフィックデザイナー。1980年生まれ。2003年武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業、同年博報堂入社。
グラフィックデザインを基軸に、ブランディング、パッケージデザイン、プロダクトデザイン、広告など手がける傍らパーソナルワークとして現代美術家の宮島達男氏らと行う「PEACE SHADOW PROJECT」や、自身のコンテンポラリーブランド「Human_Nature」などがある。主な仕事にMercedes-Benz Fashion Week、山口情報芸術センター10thコンサートのデザイン、坂本龍一氏×鈴木邦男「愛国者の憂鬱」装丁、BAOBAO ISSEI MIYAKE × Rikako Nagashima「FREE HAND BAG」など。この3月に博報堂を退社し独立「village®」を立ち上げたばかり。夏には7月19日(土)から開催の坂本龍一氏による札幌国際芸術祭2014年の「都市と自然」の全体のアートディレクションに関わっている。

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