Soup Friends

Soup Friends Vol.43 / 長本和子 さん

現在中目黒にある「リストランテ カシーナ カナミッラ」を経営しながら、イタリアと日本を頻繁に行き来し、現地イタリアにて料理研修や食文化ツアーを企画、自らイタリア料理の奥深さと魅力を語り、会を牽引する長本和子さん。凛とした姿勢、良く通る声、その佇まいにイタリア女性の力強さと美しさが宿っているのは、長年の渡伊経験の蓄積なのかもしれません。一言ずつ言葉を選びながら大事にしてきた想いを語ってくれる長本さんのお話には、なぜ、今私たちがこんなにもイタリアに惹きつけられていくのか、ヒントが隠されていました。

──現在イタリア料理の勉強会を開催なさったり、シェフにも現地修行の機会を作るなど、常に伝えていく姿勢で活動をなさっていますが、始められたきっかけを教えてください。

私も長年イタリアに赴き、今では全州を巡りましたが、尊敬する教授の理論に出合って非常に影響を受けました。イタリア料理とはもともとフランス料理の原点になったと言われているのですが、ご覧の通りまったく似ていませんよね。イタリアにはもともと貴族料理と民衆料理のふたつが存在していました。古代ローマ時代から続く貴族料理の文化はレベルの高いもので、調理技術だけでなく、菜園をつくり、家畜を育て、現代の考え方にも通じるスタイルが既にあったのです。そのとてつもない料理の原型が現代のフランス料理を形成してきました。それはそれは、爛熟の食文化でした。先日ペルージャで開催されていた当時の貴族が着ていた服飾の展示会に行ったのですが、細かいレース細工の服で、とても美しかったです。つまり、貴族料理としてそういう人々が食べていた料理ですね。さらに、個人の趣向性ではなくて、芸術性、技術の結集、さらに想像力を総動員した料理を作ろうとしていました。食卓が、権力や富の象徴の場であり、政治力を誇示する場所だったからでしょう。一皿ずつ麗しく登場するフランス料理の誕生です。こうした歴史から物事がそうである理由というのが見えてくるのです。 一方で、私たちが思っているイタリア料理ってなんだろうかということになります。一言で言えば、普通の料理。つまり日常の料理なんです。初期の頃シェフたちはイタリア料理とフランス料理を優劣でみていた時期があったようですが、ふたつは生まれた経緯が異なりました。朝から晩まで働いていた小作人が作っていた料理が現在のイタリア料理なのです。時間も技術も道具も使わずに自分の身の回りのものを使って合理的に作りあげたのです。そして、そこにあったのが愛情です。イタリア料理を食べるとぬくもりが伝わってくるのは、それが理由なのです。

──イタリアに「愛情」があること、その理由は何なのでしょうか。

イタリアという土地に、敵がいっぱい来たからだと考えています。そもそも、人間の本質というのは、自分自身が生きることなんです。生きるために、エゴが生まれてる。おいしいものも食べたい、遊びたい、知りたい、すべて個人的な欲求です。いつ攻め込まれるかわからない時代に、生きのびていくのはなかなか大変だったでしょうね。そのために人は家族を大切にしました。自分と価値を同じくしている最小限の単位である「家族」が自分を守ってくれるんです。政府も王様もあてにならない。あてになるのは家族だけ。もちろん、わがままばかりでは社会が成り立ちません。共に共存できる最小単位の中でお互いがモラルを作り、美徳や善の気持ちが生まれてくるのが人間なんだと思います。動物は限られた食べ物を生きて行くために取り合いますが、人間のみが分かち合うことができます。食卓の上に並んだものは、そういった原理原則のもとに置かれ、マンマの料理を分かち合い味わうことで、愛情を感じ、また愛情を返して行くことを学び合っていたのだと思います。

──「おいしさ」が生まれた理由は、何なのでしょうか。

今のように流通が発達していなかった時代にはその土地ごとに、その土地で穫れたもので料理をすることしかできませんでした。そこで彼らは工夫をしたのです。火を自在に扱えるように鍋を使い、煮詰めることができるように蓋を使い、道具が発達していった。環境に順応しながら料理と道具が相対的に成長し、少しずつ文化力を高めていったのです。 貧しいから、文化が育たないということはないんだなと感じますね。むしろイタリアの場合は逆で、たとえば牛のヒレ肉の料理は見かけませんが、代表的な肉料理は焼いただけでは食べられない部位であるスネや尻尾などの肉を長時間かけて煮込んだものです。二千年以上かけてゆっくり知恵を使い、工夫をして料理を育てていったのです。その原点にはやはり「おいしいものを食べさせたい」という愛情がありました。

──歴史の中で培われた情景が今も食卓に残っているとおっしゃいましたね。

たとえば、イタリアでは料理を耐熱皿のような厚手の皿に盛りつけて供するでしょう。料理を伝承してきた人たちは陶磁器の薄くて繊細な皿は使えなかったという背景があるからなのです。また「枯れた小麦と生きているけしの花」を合わせたモチーフを良く見かけます。収穫の春の時期には小麦が枯れ、同じ時期にけしの花がたくさん咲くのです。その記憶があって、麦とけしが一緒に飾られる。目の前にあった景色が記憶に残り、言葉にならなくても、皿の上に入ったり、習慣になって残る。食文化はこうして形成されていくんですね。

──長本さんがこういうことを感じた最初のきっかけは何だったのでしょうか。

はじめてイタリアに行き食事をしてまず「日本の箸」を想いました。同じ東アジアに沢山あるさまざまな箸のどれもが質も形状もすべて異なりますよね。日本料理は繊細ですから、中国箸ではお刺身は食べられないのです。その国の食器と食はすべて一緒に育っているのだと改めて感じたんです。その視点でイタリアの料理を見ていったら、それが楽しかった。人々の営みが繋がって民衆料理が生まれ、現在の郷土料理に形を変えていった。たくさん食事をして自分で考え、なぜこの形をしているんだろう、なぜこの食材なんだろう、と考え続けてきました。面白さのひとつには人々の愛情に触れる魅力がありましたね。食は食だけでは意味がないのです、人が介在して料理になるんですから。

──パスタをみてその土地の歴史や風土がわかってくるとか。

先日もリグーリア州のセミナーリオをしたんです。流通が発達していない時代にできた民衆料理は地形・気候と密接でした。地形があり、育つ作物があり、それを使って料理をします。だからそこにない食材では料理はできません。パスタを見た時にはっきり見えてくるものがあります。肥沃な土地ではそのおかげで生まれたパスタ、やせた土地ではそれだからこそ生まれたパスタ。(いずれもおいしいんだけれど)パスタとは、主に軟質小麦、硬質小麦、栗の粉、そばの粉、4種類の粉を、その土地の状況によって水、卵白、全卵、卵黄ら4種類とかけ合わせこねて作られます。水分は安い順番に、水、卵白、全卵、卵黄と、合わせる分量や材料が変化するのです。卵白と合わせる場合は、卵黄をほかに使う料理がある場合が多く、卵黄を使うのが一番高級な料理になります。またグルテンが高い硬質小麦を使う南部の小麦は、茹でた時に溶けてしまわないので、卵を使う必要はありません。このようにパスタを見ただけでその土地の豊かさが見えてくるのです。

──長本さんが良くいく地域、お好きな場所はどちらですか?

研修がありますので、ピエモンテ州のドモドッソラには頻繁に通います。好きなのはシチリア州のサリーナ島ですね。美しくて明るい場所です。やはり私がイタリアに惹かれる部分は、食の根底に人々と地域の生活があるところです。人間味があって、どこも一緒の場所はなくて。普段着の生きている人間が見えてくる。 「スローフード」という考え方がありますが、地産地消というより、生き方そのものなんじゃないかな、と思います。生命力、ですね。イタリア人が持つエゴイスティックだけど、愛情も混在する生きることへの欲。 イタリア人の軸は、仕事ではなく家庭にあると思うんですが、日本人は仕事に生き甲斐を求めますよね。でも 根っこはおんなじだと思うんです。「自分がいるところ」に貪欲かどうかが大事で、それはどちらが、正しいということではないんだと思います。

──今、イタリアに惹かれる人たちが増えています、何故でしょう。

求めているんでしょうね。特に震災後、何が大切なのか、足下がみえてきたんです。日本は戦争でめちゃめちゃになりましたね、今まで培ってきた秩序や制度が否定され、戦争に向かっていった多くの人々が信念を崩壊されてしまった。そしてそれを受け止めきれなかった人が沢山いた時代だったんです。戦後すぐ、人々は空気が抜けるように元気がなくなってしまった。責任を背負い込んでいた戦争という鎧を着たまま、自分たちのプライドをどこに持っていったかというと「経済成長」という次なる目標だったんです。それによってたくさんの物が生まれました。同時に自己犠牲がたくさんあったと思います。そのひとつが、子どもの教育だと思っています。日本には「人間肯定の教育」がなかったから、落ちこぼれの子どもをたくさん生んでしまった。人間って、ちゃんと認めて肯定してあげなくてはならない生き物だと思うんですね。それは大人の責任です。イタリアではどんな子が生まれても、たとえ不良で手を焼いても愛情をかけて包容してあげる家族の強さがあります。次の時代を担う若者が育って行かなければならない、と気がついたのが震災でした。あの時に、頬っぺたをひっぱたかれた。私は3年前の震災で戦後が終わったと思っているんですよ。ようやく、日本をもう一度見直そうという流れが、やっと生まれたんです。

──これからの日本、イタリアに学ぶ事。

日本には本質的な豊かさを享受するというフィロソフィーを持ってこないままここまで来てしまった。これからは日本の価値を作っていかないとなりません。経済で侵略されても国は消えないんです。けれど、文化侵略されてしまうと国は滅びるんです。イタリアを見ていると、文化!文化!文化!といいます。国が消える恐ろしさを、彼らは知っているのかもしれません。でも、私たち日本人は戦後、歴史から目を背けてきたから 本当はもっと見なければいけないんです。「君の国のこれは何なの?」と海外から来たお客さんに尋ねられても答えられない。学校の授業では決して教えてもらえなかったこと。家庭でも大切にされてこなかったことです。外国に行くと、日本の文化は誇らしいものだと感じることがたくさんあります。けれど、それを肯定する言葉がないんです。先日も、日本に永く住んでいたイタリア人から「日本に住んでいる外国人は、みな日本が大好きですよ。人は優しいし、電車はちゃんとくるし(笑)、町はきれいだし。」そう言われました。そんな彼らの思いを私たちは知らない。反対にこんな美しい景色をなぜ、美しいと思わないのか、と問われてしまう。私たちが見ようとしなかったからだし、自己肯定して来なかったからですね。農家にお嫁にいくなんて!田舎に住むなんて!地方都市の事を考えるなんて!?だから。イタリアを探っていくと日本を知る事になるんです。「おイタリアン」が素敵なんじゃなくて、イタリアを求める心が私たちの中にあるんですよ。恐らく他の国よりも、私たちが欲しているものがある。

──自己に対して価値をつける、これからしなきゃいけないこと。

「言葉」にしていくことの大切さをもっと感じてほしいですね。私たちの良さや、価値を表現する言葉を紡ぐ事を放棄してしまったから、自己肯定から遠い場所へ来てしまった。たまたま強固な島国ニッポンだったから、ここまで国として続いてきたけれど、ここから先はそのひとつひとつを、大変でも表現し、言葉にしていくことに向かい合わなければならないんです。イタリアでは、社会が落ちこぼれもすべて含めて肯定していく姿勢があるんですね。いい子も悪い子も、包容する。村というのが共に生きる場だったから。家長が包容力で包み込んでいく。

──私ひとり、ができること。

これから先、価値を作っていく過程において「素敵よ」「素晴らしいね」と自分たちで言い出さないといけないと思います。次の人たちに伝えていかないと。言葉にする、勉強会に参加する、それと同時に誰かに話を聞く事も大事なんですね。

──スープに関する想い出を教えてください。

ふたつあります。私のミネストローネは、ブロード(ブイヨン)を使わず塩とオリーブオイルだけで作ります。切り口がギザギザになるように野菜を手の中で、鍋の上で切ります。多めのオリーブオイルで、低温でずっと炒めていきます。それから水をいれて、さらに低温で煮立てていきます。好みでパスタやお米を入れて食べます。塩だけで充分おいしい、シンプルな旨味を引き出すスープです。限られた食材だけでおいしいものを作るためには「素材の旨味を引き出す」ことはとても大事な技術でした。もうひとつ、リグーリア州に伝わる「メッシューワ(ミックス)」というスープです。エジプト豆(ひよこ豆)、いんげん豆、スペルト小麦、それぞれを別に煮て、最後に合わせて、オリーブオイルと塩で味を付けるシンプルなものです。なぜこの料理が生まれたかと言うと、海に面したリグーリア州には陸路が少なく、ものを運ぶのがとても大変だったので、保存食材が重宝されていました。豆もそのひとつ。最初にエジプト豆のズッパを作ろうかなと思った時、ひとすくい残しておく。次のいんげん豆の時も、その次のスペルト小麦のときもひとすくいずつ残しておく。そうやって最後にそれらを合わせてもう一食分を大切に食べたという、工夫の象徴のようなスープなんです。

──長本さんの原動力はなんでしょう。

私は、比較的信じやすい性格なんですが、ある時から「自分が信じられる」ものしか信じまい、と思ったんです。世の中の大人たちが教えてくれることを、鵜呑みにするのはいやだと思ったの。だから自分の足で確認する、自分の目でみて良いと思ったこと、信じられると思ったこと、それを確認して自分の意見にしていきたい。 イタリアは相手にとって不足ない、汲めども尽きない魅力を持った国です。出会ったのがイタリアで良かったと思っています。

長本和子(ながもとかずこ)

川崎生まれ。劇団青年座在籍当時イタリアに魅せられる。その後料理関係の通訳を経て、現地イタリア料理研修を企画するict食文化企画を設立。現在中目黒にあるリストランテ カシーナ カナミッラのオーナーでもある。著書に「イタリア野菜のABC」(小学館)「シチリア海と大地の味」(文化出版)「いちばんやさしいイタリア料理」(成美堂出版)などがある。

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