Soup Friends

Soup Friends Vol.31 / 辻 義一さん

老舗名門料理店『辻留』の三代目主人である辻義一さん。希代の数寄者・北大路魯山人の鎌倉の家に住み込んで料理修業を経験し、現在も現役で『辻留』の調理場に立ちます。また、日本料理の基本や惣菜など、女性のための講習会や料理教室なども主宰。長年積み重ねてこられた“料理の心”を、魅力的な語り口で語ってくださいました。

──懐石には3つの柱があると伺いました。その柱を教えてください。

どれも『辻留』のもてなしの心でもあり、料理の基本ともなるものです。その最も重要な柱が「旬のものを使うこと」。懐石の世界ではご存知のとおり、四季折々の食材を取り入れて料理することが基本になっていますが、春は二、三、四月、夏は五、六、七月、秋は八、九、十月、冬は十一、十二、一月と、 春夏秋冬が日常の感覚より少しずつ早くなっています。旬のものとは、その素材が一番おいしくなった時を言います。 料理をするうえで、“旬のもの”が何であるかを知ることにいっさいの損はありません。2つめの柱は「素材の持ち味を活かすこと」。料理は買い物をしている時から始まっているのですから、まずは良い素材を手に入れることが大前提です。たとえば、今はお取り寄せのように様々な買い物の手段があるわけですから、何らかの手段を経てでも“ひと味違うもの”を食べることが大事です。味覚は訓練することで鍛錬されるのです。
3つめの柱は「料理を美味しく食べてもらうための心配り」です。たとえば、お料理を作る相手が高齢であれば、堅いものは食べにくいでしょうから食べやすいようにやわらかい食材を選んだり、隠し包丁を入れるなど調理法を工夫してやわらかく仕上げるなどの心配りはとても大切です。料理をする前に相手を知ること。そして、思いやることで、どんな相手にも美味しく食べてもらうことができる。料理は技術だけではなく、食べ手を思いやる気持ちがあってこそ、真においしくつくることができるのです。

──よく訊ねられることだと思いますが、料理が上手になるにはどうしたら良いでしょうか。

まず、自分がおいしいものが好きであることです。毎日三度の食事を味わいながら食べることですね。まずいものは、食べません。自分の食べるものを大切にし、日々が味覚の訓練であると思ってください。老後の楽しみは食べることだと言われる方がありますが、そう思いません。歳をとってからでは、味覚がついてきてくれないのです。
年齢に関係なく、気がついたその日から、食べ物を大切にし、手をかけるべきものには手をかけ、素朴な味わいのものには、あまり手をかけないほうがよく、素材そのものの活かし方を考えながら、素材が語る声が聞けるようになれば一人前です。また、料理を作るときには腹を満たしておいてはいけません。味覚が鈍重になり、動きもにぶく、デリケートな味がわからなくなってしまいます。手間ひまかけることを惜しまず、少しでもよいことをしようと積み重ねて行くことによって、おいしい料理が出来上がります。

──心がこもった料理について教えてください。

食べもの中で一番敏感に人の気持ちがうつるものはなんだろうかと考えてみました。それは「おむすび」ではないかと思い当たりました。イヤイヤ作ったおむすびは、食べた方きっと気持ちが良くなかろうと思います。愛情こめてつくったおむすびは、きっと、その愛情が食べた方に伝わります。お子さまの運動会や遠足などのおむすびは、子どもの成長をよろこび、しあわせを祈る気持ちでお作りになるはずです。そうした気持ちを大事に、毎日の食べものを作れば、必ずよいお子さまに育つと思っています。こういうことを考え合わせますと、食べものというのは、決しておろそかにはできないとしみじみ思い、こわい気持ちさえいたします。

──偉大な人であり、気難しいところもあったと伝え聞く魯山人先生ですが、一番の思い出を教えてください。

魯山人先生の元で生活を共にさせていただき、見ること、聞くこと、全てが新鮮で、あっという間の一年間でした。
まるで、禅問答のように料理を介して会話を繰り返していた記憶がございます。何とか勤まりましたのは、「茶懐石の素材の持ち味を生かす」私の料理がこの姿勢に徹したことが、魯山人先生の料理哲学と合っていたからなのかもしれません。自然を愛され、自然をお手本とされた先生ご自身も自然体でした。現在は先生の器に料理を盛らせていただくと、料理が絵になり、そこに一体感が生まれます。そして、お世話になった日々を思い出します。

辻義一/つじ よしかず

京都府生まれ。日本料理店「辻留」店主。(株)辻留代表取締役、辻留料理塾長、大阪青山短期大学講師、儀礼文化学会理事。昭和22年立命館中学卒。北大路魯山人に師事後、昭和32年辻留常務、平成2年に代表取締役に就任。著書に「辻留の日本料理入門」「辻留料理塾」「辻留茶懐石炉風編」。現在は料理教室も主宰。その朗らかな人柄は、周りの人々を温かくさせるお話だけでなく料理の一皿ひとさら隅々までいきわたり、考え抜かれた献立、選び抜かれた旬の素材を使った料理は変わらぬ存在感を放っている。去る10月に開催された「おいしい教室」に出演の際には心のこもったミニ「おむすび」を振舞ってくださいました。

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