噛みしめるほどに香り立つ、甘みが強い「桜海老」。春を代表するこの海の幸は、日本では駿河湾のみで水揚げされる大切な資源です。そんな貴重な駿河湾産桜海老は、ここ数年獲れ高の減少傾向にありました。そして、2018年の歴史的不漁により“桜海老漁の休漁”という異例の選択を迫られます。苦渋の決断のもと、桜海老漁に関わる人々が口にした言葉は“資源保護の最優先”。その想いに賛同した私たちは、春の定番メニュー「駿河湾産桜海老と春キャベツのクリームスープ」を、2019年の春、お休みすることに決めました。

歴史的不漁から約2年。耳に入ってきたのは「桜海老の数が少しずつ増えてきている」という嬉しいニュースでした。この喜ばしい話を受けて、Soup Stock Tokyoでは2020年、「駿河湾産桜海老と春キャベツのクリームスープ」を数量限定の冷凍スープとして販売を再開させていただくことにしました。2020年2月4日、私たちは約1年ぶりに静岡県静岡市清水区由比・由比港へと向かいました。

お話を伺ったのは、昨年に引き続き、静岡県桜えび組合の組合長であり漁師の實石(じついし)さんです。休漁の決断をした2018年から2年。漁場規制や操業隻数の規制に加え、水質や生態系の緻密な調査など、桜海老保護に取り組んでいます。今回の取材でも、桜海老にまつわる現状を率直に話してくださいました。

―實石さん、お久しぶりです。今日はお時間をいただきありがとうございます。嬉しいニュースも少し耳に入るようになりましたが、今年の漁の様子は昨年に比べていかがですか。

實石さん:少しずつではありますが良くなってきています。一昨年の春がいわゆる記録的不漁でした。これではいけないと思って、それまでやってきた資源保護の方法とはひと通りもふた通りも違う手法を取り入れたんです。それまでは漁師の感覚で資源保護を前提とした操業を行っていましたが、水質や生態系調査などの緻密なデータから桜海老の全体量や日々の変動を把握し、その日の漁獲量を決めるようにしました。直近の目標は桜海老の数を少しでも増やすことですが、将来はデータをもとに桜海老と漁業とのバランスを取ることができるといいなと。

―桜海老の数が少しずつではあるけれど増えている。それを聞けてほっとしました。桜海老保護の取り組みというと、どんなことをしているのですか。

實石さん:獲れたうちの何パーセントが規定の35mmのサイズを超えていれば漁獲してもいいというルールを設けて慎重に漁獲をしたり、卵を持った親海老がいる一帯では漁をしてはいけないという漁場の規制をしたり、あとは操業する隻数の制限に加えて、水質や生態系の緻密な調査ですね。250年余りやってきた『目分量』でその日の漁獲量を決める方法じゃ、中々こういう実質的な自然保護は出来ないし、2018年の不漁はショックだったとはいえ、あれがあったから本格的な資源保護に踏み切ることが出来たんだろうなと思います。

―桜海老の数が増えてきているのは、皆さんの努力があればこそです。少し気になったのですが、2018年の休漁宣言をした時、皆さんはなぜそんな迅速な対応ができたのでしょうか。

實石さん:前からまずい状況だっていう話はあったんです。でも結果として水揚げは出来ていた。だから気がつかなかったんですね。でも2018年に桜海老の数が通年の半分になってしまった時、アクションを起こすなら今しかないと思いました。それで有識者と調査をして、既成事実を作って、えいや!と(笑)。でも、いきなりの休漁宣言だったけれど、みんな話を聞いてくれた。やっぱり漁師さん達は毎日海に出ているわけで、気がつくことがあったんだろうね。もちろん“慎重すぎるのでは?”など厳しい意見も飛び交いましたよ。でも桜海老がいなくなってしまったら元も子もない。まずは資源を守ることが第一です。未来のための苦しい決断ならばやらなければいけないんです。自然相手の話だから本当に難しかったですよ。でもね、自然は僕らに合わせてくれないけれど、僕らは自然にあわせることができる。自分たちがやるべき事は後回しにしないでやらないといけないんです。

― 現在まさに自然にあわせて漁をしている状態だと思うのですが、大変な事はありますか?

實石さん:基本全部大変です。本当だったら漁期を少しずらしたりしないといけないんだろうけれど、皆さん桜海老は春に食べたいでしょう。あとは産卵状態もやっぱり毎年違うので各年のデータを確認しつつ漁をするしかない。『最優先は資源を回復すること』、これは間違い無いんですが、桜海老漁は自分たちの経済活動でもあるんですね。生活そのものです。このバランスを取ることが1番難しいですね。今だって『資源保護をもっとしてほしい』と言う声と『もっと桜海老を獲ってくれ!』という声の間でギリギリ、バランスを保っている状態。ただ、こうして自然保護を続けていて色んな声がある中で感じる事は、漁業者の意識が変わってきていると言う事。静岡の宝なんですよ。桜海老は財産なんです。枯渇させるわけにはいかないってみんなが思ったんですね。だからやっぱり、今は自分たちの生活を差し置いても休漁するか、と踏み込んだ決断ができたんですね。

― 桜海老は皆さんにとって、どんな存在なんでしょうか。

實石さん:桜海老は日本ではこの駿河湾でしか獲ることのできないものです。おいしい桜海老を全国に発信するのは由比からだと思っています。由比には桜海老に携わる人たちが多く住んでいますし、幼い頃から桜海老を食べて育ってきたということもあって、アイデンティティであり、生活そのもの。桜海老の資源保護という観点からはもちろんだけれど、自分たちの誇りのためにもこの先ずっと守っていかなくちゃいけないものです。この春は私たちにとって大事な時期になります。今年の夏の産卵調査を見れば、今後の桜海老の総数が出るかもしれないですから。手探り状態を想像の範囲でやってきたけれど、これからはある程度、自然保護に確信を持てるようになるかもしれませんね。そうすれば桜海老との上手な付き合い方が分かるんじゃないかな。なにはともあれやってみなければ分からないですからね。

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「駿河湾産桜海老と春キャベツのクリームスープ」について、社内でも、2019年に引き続き、今年もお休みしようという話が出ていましたが、貴重な漁獲を買い支えていくことでお力になれたらと再開を決めました。「おいしいもの」を食べ続けるために、「おいしいもの」を届け、守ってくださっている生産者さんたちへ。「企業」としての私たち、「生活者」としての私たちができることはなんでしょうか。私たちは、まず、生産者さんたちの声や姿をこうしてお届けしながら、無理のない範囲で「おいしい自然の恵み」をお客さまにお届け出来ればと思います。

2019年の桜海老について記事はこちら
2021年の桜海老について記事はこちら