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旅先イギリス ロンドンの田舎町

スープ食べ物がおいしくないと言われる国の、ローカルスープ

旅人鹿児島睦(陶芸作家)

「イギリスは、意図的に『過疎』をつくっているんだと思う」

鹿児島睦さんにとって、スープはさして特別なものではない。家でも外でも、いつも食べている。だから、もはや「スープがなくちゃだめだ」なんて気負いはない。けれど、しばらく間が空くと、身体のなかから『スープ分』がなくなる気がして、つい欲してしまう。「世界のどこに行ってもあるし、だいたいどれもおいしいんです」と、鷹揚に微笑む。

一般的に、イギリスの食べ物はまずいと言われるけれど、鹿児島さんはやさしく否定した。おいしくないと言う人は、たまたまおいしくないものしか食べていないんじゃないかな。向こうは塩や胡椒がセルフだから、テーブルで味を調えるのを忘れているのかもしれない。

「イギリスの、とくにローカルのスープはとても面白いですよ。たぶんイギリスが、意図的に『過疎』をつくっているから」と、鹿児島さんは語る。

古くからある領地のなかに、地主たちが別荘や狩猟小屋を建てると、そこに雇用が生まれる。従業員たちのコロニーは、土地ならではのカルチャーを醸成し、さまざまな特産品をつくり出す。都市のように均一化されないからこそ、個性豊かな味が山奥のあちこちで育まれるのだ。お酒ひとつとっても、地ビールどころか地ジン、地シードルなど、そこでしか飲めない一杯がごろごろある。

手の届く範囲のものだけで、
しっかりと満ち足りる感覚

ローカルがその魅力を存分に発揮するのは、無理をしないときだ。最初から、ありとあらゆるものが揃う生活を、手放している。土地の恵みをしっかりと活かして、手の届く範囲にあるものだけを食べて、暮らす。

たとえば南西部のニューフォレストにある「THE PIG」というホテル&レストランは、食材のほとんどを自分たちで育てている。建物の周りには、力強い野菜が並ぶガーデンに、豚や鶏、牛の牧場。シーフードを近くの湾から取り寄せたりはするものの、それも半径四〇キロメートル以内の食材しか使わないという。どこから来た食べ物なのかは、店内のマップを見れば一目瞭然だ。

従業員も地元の若者。二〇歳前後とおぼしき子たちが、いきいきとサービスをしてくれて、気持ちがいい。野生の鹿やハリネズミが出てくる暗い山道を、看板を見落とさないように注意深く進まなければいけないけれど、たどりついた先にはこんな楽しみが待っている。

土地のものだけを使った料理は、THE PIGだけでなく、イギリス郊外のさまざまな店で食べられる。そんなローカル・スープは、健康な動植物のエネルギーにあふれた、濃密な味だ。ボウルに浮かぶのは、たまねぎやにんじん、キャベツ、セロリ、いろんな豆に根菜、燻製や塩漬けの肉。秋には、近くで狩ってきたばかりのジロール茸が入っていたりもする。でも、たったそれだけだ。めずらしい食材は一切入っていないのに、とにかくおいしい。

その地で生まれ、その地のものを食べて育った命の味が凝縮されたひとさじを、ごくり。世界中からすばらしい食材を空輸したり、何キロもかけて陸路で運んだりしなくても、充分に満ち足りる。

パワーが強い食材は、
シンプルなレシピも似合う

「スープには、土地のカルチャーが詰まっている」と、鹿児島さんは言う。何代も前から同じレシピでつくり続けている、なんて話もめずらしくない。

仕事で年二回ほど訪れるイギリスでは、だいたいどんな店でも、日替わりのスープを頼む。毎日同じ店に行っても、毎日違うスープが味わえて、どれも味がよい。そのうち注文をしなくても、メインとスープが出てくるようになったりする。

鹿児島さんが暮らす福岡も、海と山が近くて、食材のパワーが強い土地だ。そのまま食べて充分においしいから、ソースが命となるフレンチレストランなどは、相当の実力がないと続きにくいのだという。

地元のスープといえば、一番に水炊きを思い浮かべる。「これさえ飲んでおけば、風邪を引かない」と言われて育った。たとえば専門店でお通しのように出てくる、白濁した鶏ガラスープ。自宅でそこまで手を掛けた味は出せないけれど、鍋に残った出汁を翌日スープにするのは、家ならではの楽しみだ。

地のもののシンプルな旨みは、ともすると見過ごしてしまいそうになる。だけど鹿児島さんがその味わいに全身を浸せるのは、福岡に育まれた下地があるから、なのかもしれない。

旅人のプロフィール

鹿児島睦

陶芸作家。福岡生まれ。美術大学卒業。インテリア会社に勤めた後、福岡の自身のアトリエにて陶器やファブリック、版画を中心に製作。動物や植物などをモチーフにした朗らかで独特な世界観が人気。